病院経営ウェブマガジン“Healthcare Compass (ヘルスケア・コンパス)”

Healthcare Compass (ヘルスケア・コンパス)。病院経営ウェブマガジン。病院経営の中でも急性期病院の経営・運営に携わる人のためのメディアです。

Healthcare Compass (ヘルスケアコンパス)

病院マーケティング実践論その②〜病院CRMを使いこなす〜

前回の記事は、こちらから。

病院概要

病院名:公益社団法人 宮崎市郡医師会 宮崎市郡医師会病院
所在地:宮崎県宮崎市大字有田1173番地
電 話:0985-77-9101
病床数:267床(ICU・CCU14床、NICU6床、緩和ケア12床)

1.はじめに

(1)病院マーケティングの課題

今回は、病院マーケティングの泥臭い現場の実践記をお示しします。病院の収益の源泉は、何か。それは、患者さん来院して頂くことです。患者さんに受診して頂き、入院・治療を行い適切に在宅等に復帰して頂くことが病院が大前提です。もちろん、入院料や機能評価係数、加算・管理料といった項目は医療の質の観点から極めて重要ではありますが、病院経営の前提は、”地域に信頼され、求められていること”です。しかし、患者さんに来院して頂くために、適切な情報提供を組織的に行っている病院は多くはありません。

2016年7月に発表された【第12回】病院の経営課題等に関する調査結果報告の中に、経営課題に関する”現状認識”と”対応実施状況”に関するものがあります。マーケティング力の向上に関しての設問では、重要な課題+やや重要の回答率が9割弱に対して、実際にやっているかという問いに対しては、4割5分程度に留まっています。その乖離率については、他の分野に比して圧倒的に高い状況です。正直、私自身も自信を持って、これに対するソリューションを持ち合わせているわけではありません。

f:id:massy535:20210313195718p:plain

図表1:経営課題 現状認識と対応実施状況
(2)戦術と戦略の逆転現象

病院マーケティングのお作法とは何かと模索した際、中々体系化されたものがありません。広報活動のテクニカルな事例はあるのですが、それらをすぐさま自院に適用することができません。
その意味でも”大義作り”が何よりも重要です。大義なくして広報活動や営業活動を行ううのは、”戦略”がないということに他なりません。

(3)マーケティングをどう体系化し根付かせるか

病院マーケティングは、病院事務業務としてはニッチな領域でしょう。業務としては空白地帯であり、「これで合っているのか、わからない状態ではあるが、世の中的に定石と言われていることを一通りやろうとしている。」これが現状の病院マーケティングの実態です。

わたしは、実際的なノウハウは、病院業界の外側にヒントがあると考えました。一般企業におけるマーケティングは様々な参考図書があり、ある程度応用することで、体系的にマーケティングを学び、実践に置き換えることができます。一方で、マーケティングに関するフレームワークは明らかにされている作法がありますが、その中の”営業”についての体系的理論が確立されていません。
病院マーケティングを考える際には、マーケティング体系を戦略と捉えその最前線にある営業を戦術とすると、双方の知識が必要です。

 

今回は、より実践面で悩みがちなところに切り込んで論考してみたいと思います。

 

2.戦略と戦術

大前提として、「戦術の前に戦略があるべき。」です。
それを前提に、外部環境の変化とそれに対応する内部環境の打ち手について述べていきます。

外部環境の変化を認識し、変化に適応できるか

戦略というと、医療業界には似つかわしくない言葉のように感じられますが、文字通り、戦を略するわけであり、決して戦をしかけるわけでありません。

現実問題として確実に競争環境は存在しています。

まずは、診療報酬制度/病床機能としての競争環境です。地域包括ケア病棟等は、明らかに新規参入として競合相手が増えています。地域包括ケア病棟バブルの中で、いかに他病院との差異を見いだすことは重要です。その他、介護医療院の新規参入もこれから増えていくでしょう。特に診療報酬制度下における医療機関は、先行者であればあるほど、優位性が発揮されます。

診療機能の競争環境

また、診療報酬上の制度や病床機能に加えて、診療科としての新規参入、診療科の中でも新しい手技における新規参入というのは起こっています。

ある地域には、未だない診療機能(治療・手技)について、以下のようなことが起こりえます。

  • 医師の招請に成功
  • 院長のご子息が帰ってこられた
  • 既存医師が研修を経て、新規治療や手技ができるような体制が整う

こういった情報は、様々なメディアや医師の情報網を通じて知り得ることができます。データ分析だけでは得られない最新の情報です。これがデータでわかってくるのは2年後です。この定性的な情報が定量化して顕在化する前に察知できるかが、最初の戦略づくり際に、必要なテーマです。この情報収集能力こそが、データ分析よりも重要な情報収集脳力であると言っても過言ではありません。

ここは強調しておきたいのですが、「戦術の前に戦略があるべき。」これが私の本稿で一番言いたいことです。

なぜなら、医療マーケティングの目線では、緩やかではありますが、現実に地域連携という温かい言葉の背後に、着々と、競争環境が存在しているからです。

 

3.戦術としての渉外活動

”戦略”、つまり、”目的(ミッション・ビジョン)のために、一番大事なのは、何をやり、何をやらないかを決めること”から始めることです。しかし、現実の世界では、”先に戦略”を検討することが中々難しい場合もあります。各診療部長・科長には、戦術から入り、ビルドアップしていくことも必要もあります。まずは、戦略が大事ですが、走りながら戦略をまとめていくことも重要です。

まず今できることは何かと考えた際には、”ブレイクダウン”と”ビルドアップ”を相互に繰り返しながら、戦略と戦術と行ったり来たりする中で、最終的に戦略と戦術を固めていき、方針を明確化した上で、渉外活動を行っていくことが現実的ではないかと考えています。前回の寄稿でも取り上げた、”ポジティブアプローチ”と”ネガティブアプローチ”を理解した上で、訪問や連携機関とのコミュニケーションを行えば、様々な情報を収集し、マーケティングとイノベーションに繋がることになるのではないでしょうか。

 

4.マーケティング部門の創設と活動内容

本項からは、当院の小さな取り組み事例をご紹介したいと思います。まだまだ始めたばかりで手探りのマーケティングですが、少しずつ感触が掴めてきたところです。まずは、動く、その一歩目が非常に重たいのですが、そこから少しずつ歩みを進めていけば、意外にも歩みは軽くなっていくようです。
当院の事例を4つのステップでお示します。

① 独立した部門を設置
② 経営企画部門と強固な連携
③ 活動のオープン化と定例化
④ 戦略と戦術を紐付ける

① 独立した部門を設置

病院マーケティング部門は概ね地域医療連携室が担っていることが多いですが、当院の場合は、あえて独立した課(渉外・広報課)が創設され、”前方連携”の部署が明確化に位置づけられました。これまで、前方連携機能はあったのですが、独立した部門を設置することにはなったのは経営層の意気込みの現れではないかと感じました。これまでの前方連携活動では、確かに外回りは行われ、かなりの訪問件数もこなしていました。

しかし、その内容が経営に活かされるところまで昇華できていないという課題感もありました。このメソッドが掴め切れない状態で前方連携の限界を感じていました。まさしく戦術ありきの活動に陥っていました。まずは、訪問すればなんとかなる。私自身もそう思っていましたが、決してそうではないのです。今回のこの部署創設を期に、これをチャンスと捉えて経営企画部門として、資源投下できないかと考えました。

② 経営企画部門と強固な連携

戦略と戦術は常に相互作用的な関係で動かなければなりません。経営企画とマーケティング部門(新設された渉外・広報課)は連動すべきと考えました。意味のある戦術を導くために、新設された渉外・広報課との強化な連携体制構築、具体的には協業を提案しました。

③ 活動のオープン化と定例化

―何をやるのか、意識統― 
戦略と戦術を結びつける活動を行いながら、訪問活動を中心とした、渉外・広報活動を開始しました。
まずは、これまでの他病院の事例を体系化したドキュメントを作成(前回寄稿の内容)し、チームメンバーに共有しました。CRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)の重要性を再認識し、これをいかに体系化できないかを模索していました。

― CRMシステムの導入― 
CRMの概念をシステム化したものですが、CRMシステムですが、一般企業の営業部隊は、賛否両論あるようですが、Salesforce等のCRMシステムが広く活用されはじめています。当初、CRMシステムをExcelやAccess、Google Form等で自作できないが模索していたところ、病院向けのCRMシステムが存在することを知りました。それが、病院向けのCRMを提供するMedup社のCRMシステム(foroCRM)でした。ウェブベースで動く病院向けに特化されたCRMシステムを提供している会社です。すぐに、同社の担当者に連絡し、プレゼンテーションを受けました。

同社が提供するサービスの概要は、

  1. 病院向けCRMシステムの提供
  2. カスタマーサクセス(営業訪問、広報活動の助言)。

済生会熊本病院での知見をリアルタイムで参考にできる点も期待できたので、内輪で考えあぐねて結局何も動けなくなるという不安要素を払拭できると確信しました。本システムを経営層に提案し、導入が決定。彼らのシステムを使いながら体系的に渉外・広報活動を開始することになりました。

f:id:massy535:20210313200437p:plain

図表2:CRMの概念

―定例化と施策の創発― 
活動の火を絶やさないように、慣れないうちは、進捗を定点観測していくために、会議体を以下のようにしました。

  • マーケ朝会(毎週月曜日9時~事務長とマーケティングチームで活動・推進の進捗確認)
  • マーケ夕会(自分達でのセルフ・モニタリング機能として、毎週金曜日に16時にも集まって進捗)

これに加えて、2週に1回程度のペースで、Medup社とミーティングを行い施策の方向性のチェックや当院チームでの議論が煮詰まった際には、助言をもらいながら施策を進めています。

現在のマーケ朝・夕会のテーマは以下のようになっています。

  1.  訪問活動(計画と実施結果、ネクストアクション)
  2.  ニュースレター(医療機関向け広報誌)
  3.  広報誌(患者・家族等向け広報誌)
  4.  医療機関向けアンケート
  5.  患者送迎サービス

これらのディスカッションが形骸化してきた懸念もあり、より進捗の回転を早めていくために、”何のために”、”何を”、”誰が”、”何を”、”いつまでに”、やるのか?という管理シートを当部署のメンバーが考案し、作成してくれました。

―具体な渉外活動の一例― 
いざ、訪問しようとすると、”どうやって訪問するのか。訪問して何の意味があるのか。訪問は何のためにするのか。訪問して何を得られればよいのか。意味を求める訪問をしようとすると様々な疑問が湧いてくるものです。そこで、重要となるのが”訪問の目的は何か”、”どの分野(診療科やPRしたい内容)”のために訪問しようとしているのかを明確化する必要があります。
チームで話し合い、当面の訪問活動の目的を決めます。複数あっても良いのですが、基本的には”どこどこ”にいくのは、”この目的のためだ”という明確なものを一つだけ決めて訪問します。
また、訪問の実際の作法として、目からウロコのノウハウだったのが、”トークスクリプト”という概念です。いわば、台本です。一般の営業マンは、新人であれば当然、トークスクリプトを書いて、訪問されます。また、徹底的にロールプレイングを行い、自社製品の説明、質疑応答を鍛えているようです。
このトークスクリプトを考えて可視化してから(事前準備)してから、”訪問する”、という基本動作が重要なのですが、我々が使いはじめたCRMでは、予めシステム上の仕様として、これを入力するようになっているので、”書いてから訪問”し”訪問後にまた書く”、という流れが自然と身につく形になっています。

f:id:massy535:20210313200654p:plain

そして、訪問前後の記録はチームメンバーがWEB上で閲覧することができるので、会前に事前にチェック、自分の活動のヒントが見つかることもあります。

f:id:massy535:20210313200804p:plain

図表3:トークスクリプトのレビューイメージ

活動を続けていくと、十分なコミュニケーションが取れなかったり、当院への信頼が得られていないのではないかと思う場面に遭遇することがあります。がっかりしてしまうことがあったのですが、メダップ社の担当者から「それがわかっただけでも収穫じゃないですか」と言われた瞬間に、はっと目が覚め、メンバーの気持ちも随分、明るくなったのを覚えています。

④ 戦略と戦術を紐付ける

先述の訪問段階というのは、マーケティング全体を俯瞰すれば、戦術の位置づけと理解しています。本来は、病院全体としてのUSP(ユニークセリングプロポジション)の整理、そして、事業毎(診療科)毎のUSPの発掘、ウィークポイントの認識が必要であり、これらも同時並行で進めているところです。当院では、これまで病院経営全体の方向性や経営課題の共通認識を図るための「経営戦略会議」を要職者で開催しておりましたが、これを各科毎の開催に切り替えて、マーケティングの議論を推し進めるよう議論をはじめたところです。何のために何をどのように進めていくか、少しずつ、院内にマーケティング脳が浸透しはじめているのではないかと感じる今日この頃です。

 

5.おわりに

今回は、病院マーケティング界隈で議論される営業活動や広報活動の事例やコツというのはあくまでも戦術レベルの話であって、本来は戦略(何のために何をやり、何をやらないか)という源流があっての戦術としての様々な工夫で、他病院の事例は単純には移植不可能だという論考を行いました。また、それだけでは、実際の病院マーケティング活動の全容をお示しするわけではないので、活動の実際について、はじめたばかりの小さな取り組みではありますが、現場感のあるお話を盛り込んでみました。
今回もお付き合いいただき、ありがとうございました。

参考文献:

  • コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版 Philip Kotler, Kevin Lane Keller(2014)、丸善出版
  • イノベーションと企業家精神 ピーターFドラッカー(2007)、ダイヤモンド社
  • 株式会社日本能率協会総合研究所(ヘルスケア研究部 コンサルティンググループ 2016年7月)の調査(【第12回】病院の経営課題等に関する調査結果報告)
  • 医療経営ブックレット医療経営士のための現場力アップシリーズ ⑥今すぐできる! 患者が集まる病院広報戦略 山田隆司(特定非営利活動法人メディカルコンソーシアムネットワークグループ理事長)、大塚光広(多摩大学医療・介護ソリューション研究所フェロー)、有田円香(社会医療法人敬和会大分岡病院広報) 共著、日本医療企画(2013)

--筆者--
小塩 誠 (こじお まこと)
宮崎市郡医師会病院 経営情報課 主任 (認定登録 医業経営コンサルタント)
2009年関西大学社会学部卒業、民間企業を経て、2015年より現職。新病院の設計調整・運営計画・資金計画等、現病院の経営計画策定(BSC)・運営管理・DPCデータ分析 等を担当。