医事課職員専門雑誌「医事業務」に掲載された記事を、許可を得てHealthcare Compass転載しています(一部改変)。
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病院概要
病院名:公益社団法人 宮崎市郡医師会 宮崎市郡医師会病院
所在地:宮崎県宮崎市大字有田1173番地病床数:267床(ICU・CCU14床、NICU6床、緩和ケア12床)
1.はじめに
私は、いわゆる経営企画業務を担当しています。我々のような部署は得てして小手先の経営改善に陥りがちですが、本来の経営改善というのは、病院経営戦略が時代を凌駕しているか否かで決まると私は考えています。もちろん診療報酬対策が大事なのは言うまでもありません。しかし、時代の変化に適応していく変革力が大事で、その病院が地域から必要とされている状態を創りだすことを持続することが経営の王道です。つまり、”流行っているか”が重要で、流行っていない病院では加算をいくらとろうとも損益分岐点収益の基礎となる来客者(患者数)が確保できていないのでどうしようもありません。
自院も含めて感じることとして、加算や管理料を取る労力は厭わないのに、患者1人を集める活動に力を入れていない医療機関が多く存在します。「良い医療をしていれば、必ず患者さんに選んでもらえる」と考えがちです。医療の世界は、公定価格という世界で運用されているので、基本的には開業・開院して運営すれば、一定の収益は出せるという非常に安全性の高い業界であると言えます。しかし、その前に、「選ばれる状態を作り出す」ことにはあまりにも労力がかけられていないのが多くの病院の現状です。
今回は、上記の課題感をもとに、より実践面で悩みがちなマーケティングに切り込んで論考してみたいと思います。
2.病院マーケティングのジレンマ
~訪問すれば良いのか?訪問のロジックはわかっているけど、できない。成功しない、成功すら定義できないというジレンマ~
病院マーケティングの王道は、医師による訪問活動です。これをやれば、成果が上がると言われているのですが、エクセレントホスピタル等、一部の病院でしか、実践されていません。
病院訪問による所謂、営業活動・地域との信頼関係の構築活動は、レベルによりますが、やはり、ここぞという時には医師同行訪問が定石です。しかし、中々医師が病院訪問をする時間は取れないし、その動機づけも難しいという現状があります。
例えば、勉強会の案内を、事務員(連携実務者)から出してみるのはどうでしょう?場合によってはMR(医薬情報担当者)の方のご協力やメール、ホームページでの告知でも構いません。いつも来てくださる医院の場合は、そもそも訪問してまで案内を届ける必要性があるのか考える必要があります。
勉強会に普段来ていただけない先生をお誘いするという明確な目的がある場合には、実務者が訪問して案内をお渡しする必要があります。そのためにも、いつもの勉強会にどれくらい来てくださっているかという”情報”を持っておかなければなりません。当院はそういった情報はこれまで蓄積することができていませんでした。まずもって、勉強会を開くということもファーストテップとして、顧客情報をいかに大切に取り扱うかということが、質の高いマーケティング活動では重要になります。。
私は、訪問の種類は、実は以下の2つのパターンを目的に合わせて変え、理解した上で訪問をしなければならないと考えています。
その2つとは、
- ポジティブアプローチ
- ネガティブアプローチ
です。
いずれも最終的にはポジティブアプローチといえるのですが、あえてわかりやすく、”ポジティブ”と”ネガティブ”と使い分けます。(アクティブ・パッシブでも良いですが・・・)
ポジティブアプローチとは、良いものができた(ある)のでそれを訴求したいための訪問。
ネガティブアプローチとは、良いものがない状況下で顧客の声を聞くための訪問。
この顧客目線の気づきから、最終的な訴求できるものを見極め、様々な訴求方法にて顧客に届けるという考えです。
訪問活動を起点とした地域連携で陥りがちなのは、何を目的に自分が訪問しようとしているのか明確にしないまま訪問をはじめてしまうことです。
この2つのアプローチがあるということに気がつけば、個々の訪問の目的が明確になり、意味のあるアクションに繋がります。この考え方は、私が病院マーケティングの船出に出ようとした際に、関東のとある病院営業マンの師匠のところを訪問した際に教わった概念です。ほぼ、現場の営業訪問というのは、ネガティブアプローチで構成されているということを教わったのです。これは驚きでした。そもそもポジティブアプローチ等、日常には存在しないということです。ネガティブの積み重ねの中に、ポジティブがある。
~訴求内容の濃度とタッチポイント(マーケティングの3つの姿勢)~
リアルな訪問活動をするうえで、訴求内容の濃さとタッチポイントにも理解しておく必要があります。わかりやすいのは攻めの姿勢です。新規デバイス・新規医療技術の導入に関するPR、新たな紹介方法等の案内、新機器、新病棟創設等のPR。これは非常にわかりやすい訴求内容ではないでしょうか。そして、訪問活動のリアルとして最も日常なのは、”中間の姿勢”。これは、現状のものを知ってもらうという観点です。新任医師、今の特徴、発掘したUSP(ユニークセリングプロポジション)等が挙げられます。USPまでいかなくても存在を周知するために、薄く顔つなぎをする。安全地帯を探す。エリアマーケティングに徹する。紹介が薄い地域を回る等の施策が該当します。
さらに、置いていかれがちなのが、守りの姿勢です。顧客の声に耳を傾けるということで、明確な売り込みポイントがない場合、まずはヒアリングにて、営業訪問を行うという場合です。これは、まさにニーズ調査であり、最もコストのかからずに顧客に向き合うための取り組みだと思います。直接ユーザーの声をいかに聞くかという基本的な施策です。ニーズ調査として足を運び、客観的に自院のサービスを見つめ直し、改善や革新に向けて、STP&MMにて再出発します。
※USP(ユニークセリングプロポジション):USPは、1960年代にアメリカのコピーライターであるロッサー・リーブス氏によって提唱され、商品やサービスが持っている独自の強みを意味する。
※STP:セグメンテーション(市場細分化)、ターゲティング(狙う市場の決定)、ポジショニング(自社の立ち位置の明確化)の3つの英単語の頭文字をとって名付けられた分析法。 マーケティング論で知られるフィリップ・コトラーが提唱したフレームワーク。
※MM:マーケティングミックスとは、マーケティング戦略全体のなかで「実行戦略」と位置づけられる。構成要素である製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)およびプロモーション(Promotion)の頭文字をとり「4P」とも言う。
3.実際にやるべきことは何なのか?
病院マーケティングで実際にやること、できることは限られています。主にやることは外向けと内向けの施策に分かれます。
外向けは、
- 広報:広い対象をターゲットにする方法
- 営業:ピンポイントで対象をターゲットにする方法。
そこでやるべきことは、以下の図のように、広報であれば、広報、メールマーケ、勉強会等、営業であれば、連携室等の単独訪問、医師同行訪問。この程度しかやることはありません。
一方で、中身が伴わないと仮面は何れ剥がれてしまいますので、内向けの施策が必要だということは言うまでもありません。返書は適切に書かれているか、紹介・予約方法等は顧客目線に立てているか、等PR内容と整合性を持っておく必要があります。そして、真の中身、これは当該診療科の差別化できる強みをいかに発掘できるかです。意外にもここが顧客に認知されていない場合もあります。専門外来や、特定の医師にしかできない手技・検査があり、希少価値が高い分野を適切に連携先につたえる必要があります。
4.まとめ
今回は、実践的に考えた場合の病院マーケティング戦略について、論考してみました。戦術の前に戦略。すべての診療科別にいわゆる事業戦略が立てられるのが理想ですが、まずは病院全体を俯瞰した時のUSP(差別化できる強み)は何なのか、強みを生かした戦略の優先順位を確認する必要があります。有利なフィールドにいる診療科・事業をきちんと認識した上で、マーケティングの入り口に立たなければなりません。
その上で、ターゲットを絞り、マーケティングを行う必要があります。しかし、科別・事業別の戦略方針には労力と理解も必要となってくるため、まずは、プロダクトベース(手技・治療)で、MM(マーケティング・ミックス)を考えていくということに重きを置かないと中々前に進まないでしょう。
すでに診療科部長・科長レベルの頭の中では、ビジョンや戦略というものが言語化・可視化されていないだけである程度存在しているということもあり、これを可視化・明文化できると、施策に命が宿ります。
戦術やテクニカルな訴求技術(クリエイティブ)に目が行きがちなマーケティングですが、もちろん、それも重要なことなのですが、実はその前に、背景にあるビジョンと戦略の明確化が重要です。つまり、”大義”が重要であり、この施策は何のためにやっているのか?という目的が重要です。これが其々の施策の原動力になると考えています。
次回は、実際に営業訪問をされている連携室スタッフの方や経営企画室の皆様とさらなる深い実践額的なディスカッションをしていくための素材として、さらに実際の取り組みレベルについて、投稿を続けてみたいと思います。
参考文献:
- コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版 Philip Kotler, Kevin Lane Keller(2014)、丸善出版
- イノベーションと企業家精神 ピーターFドラッカー(2007)、ダイヤモンド社
--筆者--
小塩 誠 (こじお まこと)
宮崎市郡医師会病院 経営情報課 主任 (認定登録 医業経営コンサルタント)
2009年関西大学社会学部卒業、民間企業を経て、2015年より現職。新病院の設計調整・運営計画・資金計画等、現病院の経営計画策定(BSC)・運営管理・DPCデータ分析 等を担当。