病院経営ウェブマガジン“Healthcare Compass (ヘルスケア・コンパス)”

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薬剤師の私がMBAコースに通うワケ

こんにちは、Healthcare Compassの小迫です。

2019年8月にこんなツイートを目にしました。

薬剤師がMBAコースで学ぶ。

医師がMBAを取得するケースを見ることは年々増えている印象ですが、薬剤師×MBAというのをSNSで見ることはあまりありません。

このツイートをきっかけに、後町さんに連絡を取り、記事の依頼をしました。依頼から1年半、「自分なりに価値を見出せた」という連絡をいただき、今回記事を出すことが実現しました。

薬剤師がMBAコースに通う真の価値について、言語化していただきました。

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薬剤師の私がMBAコースに通うワケ

私は都内の経営大学院でMBAコースに通う30代の薬剤師です。普段は医療経営コンサルタントして働きながら週1回薬局でも働いています。

約1年半前に大学院に入学した頃、薬剤師である私がMBAコースに通う意味について問われました。そのときは単純に、「コンサルの仕事に役立つから」くらいにしか思っていませんでした。しかし最近になって、薬剤師がMBAコースに通う真の価値に気付いたので共有したいと思います。

 

薬剤師になるには、薬学部を卒業し国家試験に合格する必要があります。そのために薬学部で学習する内容の9割以上が薬学的な正解を答えるためのものです。だから薬学生時代の4年間(今は6年制)、”正しさ”こそが医療者として求められる価値なのだと信じて疑ったことはありませんでした。しかし社会に出るとそれまでの常識は通用しませんでした。

患者さんに一生懸命正しさを提供してと感謝されない。なぜなら正しく調剤して、正しい情報提供をすることは、薬剤師として当然過ぎることだからです。

それでも、正しさを追求してそれを相手に渡す以外の方法がわからないので、より早く正しい調剤をしてみたり、よりたくさんの正しい情報を与えるために調べ物をがんばってしまったりしてしまいました。それでもやはり、誰からも感謝はされません。

 

さらに昨今は、正しい調剤や正しい情報提供は機械やAIに代替されるとまで言われています。そうなると、私たち薬剤師が大学で学んで来たこととはいったい何だったのか…悲しい気持ちになるわけです。

医療の世界には、その時点において医学・薬学的に正しいとされる答えが存在します。だからプロとして一定の知識とスキルがあれば大抵の場合、正解に辿り着くことができます。

 

一方、実社会に暮らす患者さんの世界には、医療の選択や生き方に関する一律の正解はありません。だから薬剤師は一人一人の患者さんのライフスタイルや価値観、経済状況などを考慮して、患者さんがよりよく生きるために、何ができるのか、自分なり考えて提案することが求められます。

また、病院や薬局で立場が上がってくると、組織をうまく機能させる方法を考えなければならなかったり、さらに視野を広げると外部環境が大きく変化する現代において医療提供体制を持続可能にする方法も考えていかなかったりします。

 

とにかく正解を探し提供することを目指す思考回路のまま、日本の医療提供体制のあり方を考えた結果よくやってしまいがちなのが、「海外の医療制度が日本より優れているから、日本に導入しよう!」というような発想です。しかし人口構造や経済状況はもちろん、文化や考え方、生きることに対する価値観が異なる国にとっての正解が日本にとっても正解になりうるでしょうか。

 

MBAコースでは当然、体系的に経営学の知識をインプットします。しかしそれは自体は本質ではありません。MBAコースで学ぶ一番の価値は、自分の頭で考える力を徹底的に訓練し、擬似的に関係者の納得を得る力を培うこと、さらにはそれを疑似的に実行することにより、場数を踏めることです。

自分なりの考えを構築し、多くの人の納得を得る力とそれを実行する力は、一瞬では手に入りません。試行錯誤の中、改善し身につける必要があります。

しかし実際の医療現場や経営現場では、練習がてら未熟なままトライして失敗するのは許されない場面が多いです。また、失敗に対して患者さんやお客さんはわざわざフィードバックをしてくれません。

だからこそ、薬剤師にとってリスクフリーな環境で自分の頭で考え実践する経験値を得られるMBAコースの場が貴重なのだと思います。そういう意味ではMBAに限らず、社内や学部教育に、そのようなスキルと経験を習得できるプログラムを組み込むという方法でも良いと思います。

薬剤師が正しさだけを追い求めるステージから脱却し、納得と安心をもっと提供できるようになれば、薬剤師自身も患者さんもより良い世界が見える気がしています。

--筆者--
後町陽子(ごちょうようこ)
薬剤師・医療経営コンサルタント 
明治薬科大学卒業後、2008年より2年間青年海外協力隊エイズ対策隊員としてガーナで活動。金沢大学修士課程(国際保健薬学)、病院薬剤師、医療者教育コンテンツの企画制作・編集者を経て2018年より現職。病院の組織改善や医療企業の海外進出支援等を担当。Twitter: @Yoko_Gocho