病院経営ウェブマガジン“Healthcare Compass (ヘルスケア・コンパス)”

Healthcare Compass (ヘルスケア・コンパス)。病院経営ウェブマガジン。病院経営の中でも急性期病院の経営・運営に携わる人のためのメディアです。

Healthcare Compass (ヘルスケアコンパス)

病院のUXは、すべてJCIから学んだ

プロダクトの追加機能開発。期間は3ヶ月。プロジェクトマネージャーは私。エンジニア6人、デザインエンジニアが1人。自分史上、最も出来が悪いプロジェクトのひとつでした。
※デザインエンジニアとは、デザイナーとエンジニア両方の価値観をもって、ものづくりを行う人。ここではウェブページのデザインとシステムの間をつないで、実際にユーザーが触って動くものを構築していく人。

  • 仕様の変更、数え切れず。
  • 徹夜3回。
  • リリースの延期2回。
  • 1回目のリリースで要件が収まらず、1ヶ月の追加開発プロジェクト。

そんなプロジェクトをすべてやり終えたあと、尊敬する同僚から言われたのがこの言葉。

「小迫さんこそ、真のUXデザイナーですよ。」

インターネット企業で働いていた期間で言われた最も嬉しい言葉でした。

UXというのは、

人工物(製品、システム、サービスなど)の利用を通じてユーザーが得る経験
(参照:ユーザーエクスペリエンス - Wikipedia) 

です。モノやサービスを使ったときの体験のことを言います。例えば、スマートフォンのアプリのログインや操作感。ディズニーランドでのテーマパーク内全体の体験だったり、吉野家での座ってから食事をして会計するまでの「早い、安い、うまい」の体験だったりもUXです。

最も出来が悪いプロジェクトの中で、同僚が私をUXデザイナーと評してくれたのは以下の理由からでした。

  • 使い手が使いにくい仕様を許容しないこと。
  • 使い手に不利益がありそうな場合、関係各所と調整して、リリース延期/追加開発の判断をすること。
  • 上司、縦割りの組織からのプレッシャーが、開発メンバーに直接伝わらないようにすること。

父が建築関係の仕事をしていたこともあって、小さな頃からデザインに憧れがありました。しかし、私は大学では経済学を専攻し、就職してからはプロジェクトマネジメントの仕事をしています。そんな私を、同僚が「デザイナー」と評したのは驚きでした。ただ、サービスを受ける人のことを常に考えて仕事をしてきたので、UXデザイナーと言われたときの嬉しさは5年以上経った今でも覚えています。

ふと過去の仕事を振り返る中で、「UXデザイナー」と同僚から言ってもらえたスキルは、どうやって手に入れたのだろうと考えてみました。その答えは、新卒時代に熱心に取り組んだ仕事にありました。

JCI(Joint Commission International)です。

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JCI (Joint Commission International)とは?

JCIとは国際的な医療施設評価機関で、国際基準での医療の質を担保して、安全な医療を提供している施設を認定しています。

JCIのウェブサイトを見ると

Our Focus
Joint Commission International (JCI) identifies, measures, and shares best practices in quality and patient safety with the world. We provide leadership and innovative solutions to help health care organizations across all settings improve performance and outcomes.
(参照:https://www.jointcommissioninternational.org/about-jci/who-is-jci/

とあります。簡単に日本語訳すると、

JCIは、医療の質と患者の安全に関する業務/医療行為を定義し、計測し、ベストな方法を共有します。医療機関があらゆる状況下で、パフォーマンスと結果をより良くできるよう、リーダーシップと革新的な解決策をJCIは提供します。

と謳っています。大げさに聞こえるかもしれませんが、実際にJCIによる審査を受審すると、上記の言っていることの適切さを理解できます。

 

実際、どんな審査なの?

JCIの審査は、3日間から5日間かけておこなれます。サーベイヤーという審査員が、世界各国から1〜5名ほどやってきます。日程と人数は、医療機関の規模によって変わります。

審査項目数は、1,200以上に及びます。審査は、様々なかたちで行われます。

  • 経営幹部へのリーダーシップインタビュー
  • 患者のカルテレビュー
  • 医療の質(Quality Indicators)に関するディスカッション
  • 現場視察:患者トレース・システムトレース

一番最後の「患者トレース・システムトレース」が最も厳しいと言われる審査です。インターネット上に公開されている情報から、患者トレース・システムトレースがどんなものか見てみましょう。

足利赤十字病院のインタビューが、患者トレース・システムトレースがどんなものかをうまくまとめてくれています(参照:https://www.bdj.co.jp/safety/articles/ignazzo/vol12/hkdqj200000ucutq.html)。

患者トレースについては審査員が対象の患者様に聞き取り調査して、入院中に医師や看護師がその患者様と家族に何を説明し、どんなことを言ったか、また、患者様が理解できたかどうかをすべてチェックし、電子カルテの記入漏れも容赦なく指摘します。システムトレースでは審査員が通訳とともに院内を見回って施設構造や機器類、そして医療従事者の行動をくまなくチェックします。防火体制とセキュリティの観点からドアというドアやエレベーターの細かい部分までを点検し、使用期限の切れた機器や試薬をたちどころに見つけ出します。手指衛生が十分でないスタッフを呼び止めて聞き取りすることもありました。

実際、どんなことを聞かれるかは、聖路加国際病院のスライドがわかりやすいでしょう。(https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/hokkaido/iji/documents/kouensiryou3.pdf

審査の実際:患者トレースの例
  • 審査当日たまたま受付にきた患者や面会者を選択(許可を得る)
  • 受付の手続きは適正か
  • 保険証を持参した患者本人であることをどのようにして確認しているか、など
  • 患者が外来受診するのを追跡
  • 受付、検査室、診察室で患者誤認を防ぐ患者確認がされているか
  • 診療情報に関する申し送り、記録が適切に方針・手順通り実施されているか
  • 患者の転倒を防ぐためのアセスメント、対策が実行されているか
審査の実際:患者トレースの例

外科病棟でみかけた新人看護師

  • 「最近手術した患者を紹介してください」
  • 「いつ入院したのですか」
  • 「入院時の診療記録を見せてください」
  • 「既往歴、アレルギー、・・・は記載されていますか」
  • 「転倒リスクのアセスメントをみせてください」
  • 「手術、麻酔の同意書を見せてください」
  • 「手術記録をみせてください。病理に提出した検体の数、部位は記載されていますか」
  • 「手術直後の医師のアセスメント、記録を見せてください」

患者を紹介してもらい、患者に直接質問をする

  • 「どうして入院したのですか」
  • 「痛みはありませんか」
  • 「薬の説明はだれがしていますか」
  • 「入院、退院の予定を聞いていますか」

審査の実際:システム・トレース
薬剤管理、感染管理、データ使用

外来化学療法

  • 薬剤の保管、処方、調剤
  • 外来化学療法準備中に薬剤がこぼれた場合の対処は適切か
  • 患者確認、タイムアウト
  • 薬剤漏出時の対応

透析室にて

  • 転倒、疼痛リスクのアセスメントをしているか
  • 患者確認は適切か
  • タイムアウトをしているか
  • 注射シリンジ、点滴バッグにラベルが貼ってあるか
  • ハイアラート薬(高濃度Na、Kなど)の管理は適正か
  • 災害時の避難に障害物はないか
  • 酢酸などの危険薬品の管理体制

上記は一例ではあるものの、JCI審査をよく表しています。私が担当していたときの審査も似たような感じでした。思い出すだけでも、寒気がします。

 

患者トレース・システムトレースが、UXを教えてくれた

冒頭の話に戻ります。インターネットの会社で、同僚から「UXデザイナー」と言われたのは、JCIの患者トレース・システムトレース対策をしていたからに他ありません。

JCIの受審は、2〜3年掛けて1200以上の審査項目を突破できるように準備します。1200の視点から、患者とそれを動かすシステム(ソフトウェア、人事制度、ガバナンスを含む)が一貫して機能しているかを考え、改善し続けるわけです。

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患者とシステムが一気通貫して動くのに、組織や職種の壁は関係ありません。患者に質が高く安全な医療が提供されることを目的に、組織や役割を横断して現場を変えていく必要があります。

実際に、JCIの業務の中で、どんな仕事をしたかを3つご紹介します。

1. 医療環境ラウンド

ひとつは感染管理マネジャーの発案から協同して行った、医療環境(Environment of Care)ラウンドがあります。患者が利用する物理的な施設(セキュリティ、ベッド、ゴミの処理、清掃など)を、複数の部署が横断で定期的なラウンドを実施する取り組みを始めました。

実際ラウンドを始めるにあたって、以下の部署の声かけ・取りまとめをしました。

  • 感染管理室
  • 施設課
  • 物品管理課
  • 清掃業者(業務委託)

これら4部門のマネージャーを巻き込んで、隔週で病院中を計画的に回り、課題をリストアップして順次改善を実施しました。

それぞれの部署が縦割りで解決することが難しい課題も、隔週で顔を合わせることで予算担当の棲み分けも含めてスムーズに実施できるようになりました。

2. 内視鏡室スタッフへの鎮静研修

JCIの項目のひとつに、麻酔・鎮静の分野があります。

麻酔科を中心に、手術室のスタッフへ教育を実施していましたが、JCIを契機に内視鏡室のスタッフへも鎮静に関する研修を実施することになりました。

単純な鎮静の研修実施に見えますが、こちらも実際は部署を横断した取り組みです。

  • 研修講師として麻酔科部長
  • 内視鏡室の医師、看護師
  • 人間ドック・健診を行なっている部署(内視鏡)の医師、看護師
  • 研修を管理する教育研修室
  • 研修実施記録を登録・管理するための人事システム(人事課管理)

今までやっていなかった研修に対して、2ヶ月ほどで、事前説明・研修内容の拡充・教育研修室の自走体制の構築を行いました。

3. 包括同意書

部署横断だけでなく、病院全体を巻きこむ取り組みとして、包括同意書の作成・更新も行いました。JCIでは同意書について厳しい基準があります。ただ、すべての医療行為に同意書を取っていては、患者も医療者も時間がいくらあっても足りなくなります。そこで病院全体の方針として、基本的な手技の同意は包括的に得ることにしました。実際、全患者が通過する医事課部分で、患者に書類が渡るようにフローを設計しました。包括同意のおかげで、患者の安全だけでなく、医療者も安全に働けるようにもなります。そういう取り組みも、JCI審査を通して行われています。

 

患者トレース・システムトレースから学んだ病院のUXを私なりに理解すると、こうなります。

  • 患者と医療機関/医療者の情報の非対称性をできるだけ少なくために仕組み化する
  • 医療現場ではリスクが付き物で、患者だけでなく、医療者の安心・安全も担保する Win-Win なルールづくりをする。
  • 地域への医療を提供し続けるために、継続して運用できる体制を構築する

患者トレース・システムトレース対策を通して、患者、働き手、経営、制度、システムを一貫して動かしていく「真のUX」を学び、身につけることができました。

 

現場からは嫌われ者のJCI

病院で働いたことがあって、しかもすでにJCIを取得した病院で働いた経験のある人にとって、JCIは目の上のたんこぶと言われることもしばしば。 

Twitterでもこんな声が。。。

 JCIは、上記の審査内容からもわかるように、記録と書類(同意)が山のようにあります。それらは万が一のときに患者と医療者を守るためのルールではあるのですが、実際の医療行為の時間が妨げられるほどの記録の量なのです。

JCIはもともと、JCというアメリカ発症の認証制度。医療制度が自体が違い、患者に対するマンパワーも違うアメリカ文化を、そのまま日本に持ち込むには無理がある部分もあります。

一部では、JCIによって病院の文化を変えることはできたから、3年に一回の取得は続けなくてもいいのでは?という声もあるようです。

個人的には、日本の医療界の縦割り組織/強い職種別意識の中で、経営幹部がJCIというツールを使って組織文化をUX中心(患者体験中心)に変えていくのは、ひとつの手段だと思っています。ただそれを継続してやり続けるかという部分は、正直、文化の変革に対するコストをいくらまで許容できるか次第です。

 

病院の中の人にも、病院の外の人にも、JCIはチャンス

病院の中で働く人にとって、JCIプロジェクトに巻き込まれるのをネガティヴに捉える方もいるかもしれません。しかし、私にはチャンスだと思います。理由は、以下の通りです。

  • 自身の関わる業務を、患者軸/システム軸で初めから終わりまで知ることができる。
  • マネージャーにならずして、組織を俯瞰する経験を得られる。
  • 関連部署と信頼関係が築け、日常業務の困ったことも相談しやすくなる。
  • 外の企業と仕事をする際、うまくいけばアドバイザーやコンサルタントとして契約してもらえる。

病院の外、つまり業者やシステムベンダー、Health Techベンチャーの人にとってもメリットは大きいです。JCI取得病院のプロジェクト関係者にアプローチできれば、患者軸とシステム軸の両方から現場の課題を伺うことができ、より精度の高いソリューションを提供できるようになります。ひとつの部署の視点の方と仕事を進めるより、多様な視点を考慮して仕事を一緒に進められれば、成功確率も高まります。

病院の中でも外でも、オペレーション部分で真に患者を中心に考えられる人材として、JCI経験者は病院業界に成長のチャンスをもたらすでしょう。

 

最後に

今回は、私自身が同僚から「UXデザイナー」と言われたことを思い出して、病院のUXをJCIから学んだことを記事にしてみました。

昨今、UXは業界を超えてあらゆるところで耳にします。病院のユーザーである「患者」の体験もより重要になってくるはず。その患者が、医療機関の存在を知り、一連の体験として「予約・受付・受診・検査・入院手続き・入院・手術・退院」をどう感じるかが問われる時代になってきます。

病院のUXを向上するには、以下の3つの視点が大切だと私は考えています。

  • 患者と医療機関/医療者の情報の非対称性をできるだけ少なくために仕組み化する
  • 医療現場ではリスクが付き物で、患者だけでなく、医療者の安心・安全も担保する Win-Win なルールづくりをする。
  • 地域への医療を提供し続けるために、継続して運用できる体制を構築する

真の意味で患者中心のオペレーションを考えられることは、業界全体の人材の成長にもつながるでしょう。

ただ、患者だけでなく働き手のことも考えると、これからはICT利活用によって書類記入などの業務をできるだけ自動化するなどして、現場の負荷を減らすことも念頭に入れないといけません。

 

2019年8月時点で、審査基準は第6版です。前版の第5版を、項目(Standards)だけであれば無料でダウンロードできます。ぜひダウンロードしてみてください。
https://www.jointcommissioninternational.org/assets/3/7/Hospital-5E-Standards-Only-Mar2014.pdf

JCI審査の様子(写真)は、徳洲会のページが参考になります。
3病院合同のJCI模擬審査 通訳含めオール徳洲会職員で対応 湘南藤沢&岸和田&福岡徳洲会病院 | 徳洲会グループ

 

--筆者--
小迫 正実 (こさこ まさみ)
高校生で訪れたフィリピンのスラム街での体験から、人の命に関わる分野から経済を動かし、世界を変えたいというビジョンを抱く。
2012年慶應義塾大学卒業後、聖路加国際病院で医療の質を司るQIセンターの立ち上げに従事。分析業務から、データ×ITに課題解決の糸口を感じ2014年にヤフーに転職。広告データ事業に関わる。並行して一般社団法人Healthcare Opsを2017年に設立。2018年には公衆衛生修士をリバプール大学のオンラインコースで取得。2019年より亀田総合病院経営企画部に転職し、病院のデジタルトランスフォーメーションに従事。

 

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