「チーム医療が質の高い医療に必要です」というセミナーがあったとしても、具体的にどのような行動をするべきかが明確に示されないことがあります。
チームのコミュニケーション向上のために申し送りのチェックリストを導入する際に、目標を明確に伝えられずに導入されることもあります。
同じ目的のために集まるメンバーであっても、抱えている課題感に違いがあります。多職種で集まる場合は尚更です。病院は職種や医局、出身大学など多様な背景の人達の集まりです意見が食い違うのは当然です。
「質の高いチーム医療を提供するには、明確なビジョンが必要です」という話を本記事ではお伝えします。
病院の医療安全管理部で働いています
こんにちは、小山と申します。
関西の大学病院に臨床工学技士として勤務しつつ、医療安全管理部の仕事もしています。
前回「医療安全向上のために医療機器デザインを思考する」を寄稿しました。今回はチーム医療について思うところがあったので、筆を取っています。
チーム医療とは
チーム医療は「医療に従事する多種多様な医療スタッフが、各々の高い専門性を前提に、目的と情報を共有し、業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い、患者の状況に的確に対応した医療を提供すること」と言われています1)。
チーム医療の効果は
- 疾病の早期発見・回復促進・重症化予防など医療・生活の質の向上、
- 医療の効率性の向上による医療従事者の負担の軽減、
- 医療の標準化・組織化を通じた医療安全の向上
等が期待されます1)。医療は多くの場合、多職種による協同なしには成立しません。
チーム医療の課題
チームワーク(リーダーシップ、コミュニケーション)の欠如が医療事故の誘因になることは広く知られるようになりました。そのためチームを機能させるスキルとしてノンテクニカルスキルやTeamSTPPS、CRM(crew resource management)が臨床現場に導入されています2)。しかしながら、これらのスキルが臨床現場では形ばかりになってしまい本来の意義が失われている話を耳にします。「エビデンスが認められているのに何故ちゃんとしてくれないのか?」というリーダーの嘆きが聞こえてきそうです。恐らく、チーム医療を実践すること自体が目的になっている事が原因として考えられます。
またチームワークスキルを導入するといった新しい提案を受け入れると言うのは、現場からするとある意味「今までの自分の考えを却下された・否定された」と考える人もいるでしょう。その影響は心理的な影響だけではなく、心拍数や血圧、ストレス値が上昇するなどの生理的な反応にも影響を及ぼすと言われています3)。そのため、新しい考えを受け入れることに抵抗を感じるようです。そして権力を持つ立場になるとき、この傾向がさらに強くなるといわれています。このような課題があるためチーム医療の浸透が難しいのではないかと考えます。
チームの成功に必要なビジョン
では我々はどうすれば良いのか?チームを一つの方向に向かわせるためには、何のために、何を成し遂げるためにチーム医療を導入するのか明確なビジョンをチーム内で共有する必要があります。Googleの社内調査で、評価の高いリーダーはチームのビジョンを設定しているという特徴が明らかになりました。チームが明確なビジョンを有している効果は様々ですが、特に重要な意味を担っているのが以下の3つと言われています。
- ビジョンはチームの成功に不可欠である
- チームメンバーは、自分たちがどこに向かっているのかを知る必要がある
- ビジョンは、チームがやるべきことを決める際に役立つ
ビジョンとは、チームがなぜ存在し何をどのように達成しようとしているのかを示すものです。優れたビジョンは、チームを一つの方向に向かわせ安定性をもたらす事ができます。
さらにビジョンを達成するには、ミッションとバリューを明確にしてチーム内の共通認識としなければなりません。
- ミッション:チームに課した目標を達成するべき取り組み
- バリュー:取り組みにおいて優先するべき価値基準・行動規範
Google以外の例ですと、Starbucksでは全国1300以上の店舗のパートナー(従業員)がOur Mission and Valuesを大切にしていると言われています。
(参照:https://www.starbucks.co.jp/company/mission.html)
ミッションを「人々の心を豊かで活力あるものにするために−ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから」と定めています。そしてミッションを達成するため優先するべき行動基準であるバリューが続きます。パートナーの一人ひとりがこれらを日々の行動基準とし、店舗のチーム全員が実践することで、我々が訪れたとき最高のStarbucks体験ができるわけです。
Google、Apple、Facebook、Amazon、Netflixも創業者が描いたい強烈なビジョンで世の中に登場し、世界を席巻しています4)。このことからもビジョンを持つ重要性を伺い知ることができます。
チームでビジョンを設定する
Googleの「チームのビジョンを設定してメンバーに伝える」では、チームが協力してビジョンを画策するためのステップを設定しています。
コアバリュー、パーパス、ミッション、ストラテジーが一体になって、チームのビジョンが形作られます。
ここでいうコアバリューは、上記にも書いたバリュー(価値基準・行動規範)と同義です。
- コアバリュー(バリュー): チームの基盤となる信念を意味しチームのパーパスとミッションを導く
- パーパス:チームの存在理由とチームが組織全体に与える影響
- ミッション:達成しようと心の底から思える目標
- ストラテジー:ミッション達成のために将来にわたって展開する手段
- ゴール:ストラテジーを短期的で達成可能な目標へと落とし込んだもの
パーパスによりチームがなぜチーム医療が必要かを考える機会となり、その存在意義を理解することになります。ストラテジーによりミッションをどのように達成するかまで明確化する事ができます。
まずはパーパス(なぜ)から始めるのをオススメします。「この医療チームは何のために存在するのか」、チームはこの問いに答えなければならない。そしてチームのパーパス(存在意義)とチームメンバー個人のパーパスが一致したとき、よりチームの力が発揮されます。
例えば、呼吸サポートチームには呼吸状態の管理に関わることに関心があるメンバーの方が個人の能力が発揮され、チームに良い影響をもたらすでしょう。逆にチームのパーパスと個人のパーパスに齟齬がある場合はメンバー交代も選択肢の1つだと言えます。
上記のGoogleが提案する流れに沿えば、チームのビジョン、ミッション、バリューが明確になるでしょう。
おわりに
以前、私のチームでチームのビジョン・ミッション・バリューを組織に発表しなければならない時に、「誰が」話すか議論になりました。リーダーである医師か、チームを良く理解している実践者の看護師か、といった具合です。改革の旗を掲げ、多くの人々を導く声をあげるのはリーダーの役割です。物事を進めるに当たって「誰の言葉」であるかは、人を動かすための納得感を提供するためにとても重要です。ですから多少の不安はありましたがチームリーダーの医師にお願いしました。台本やスライドはこちらで準備しましたが話すのが上手い医師であったため発表自体はスムーズに終わりました。実際に組織に対してビジョンが伝わったかは分かりませんが、発表後の医師から「みんなの前で宣言しちゃったんだから、自分から実践しないとな。」という言葉がありました。この言葉を聞けた時は苦労してビジョンを設定してよかったな、と思ったと同時にビジョンを実現するための道のりがスタートしたのだと感じました。
これまで、チーム医療を実践する場面においてビジョン、ミッション、バリューは個別に語られる事が多かったと考えます。これからは、チームのビジョンを設定し、ミッション、バリューをチームで共有することでチームに存在する全てのメンバーが主体的にチーム強化に取り組めるようになるでしょう。
医療の質や安全性の向上および高度化・複雑化に対応するためには多職種が各々の高い専門性をもって協同する必要があります。形だけのチームではなく、チーム全員でビジョンを共有し、チームの目的や目標を明確にする事で、チームを一つの方向に向かわせる事ができます。それが質の高い医療の提供のベースになります。
参照
- チーム医療の推進について(チーム医療の推進に関する検討会 報告書.(2010).厚生労働省. (https://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/03/dl/s0319-9a.pdf)
- Wahe,JA et al.(2013).Patient Safety in the Cardiac Operating Room:Human Factors and Teamwork:A Scientific Statement from the American Heart Association.Circulation.128,1139-1169.(日本語訳:心臓手術室の医療安全:ヒューマンファクターとチームワーク:米国心臓協会からの科学ステートメント.日本心臓外科学会. http://jscvs.umin.ac.jp/images/circulation2015.pdf)
- Klucharev V, Hytonen K, Rijpkema M, Smidts A, Fernandez G.(2009). Reinforcement learning signal predicts social conformity. Neuron. 61(1):140–51.
- 江上隆夫.(2019).THE VISIONあの企業が世界で成長を遂げる理由.朝日新聞出版.
--筆者--
小山 和彦
2007年より近畿大学奈良病院にて臨床工学技士として勤務。2016年より医療安全管理部兼務となる。2018年に滋慶医療科学大学院大学にて医療安全管理学修士を取得する。現在も研究生として在籍。2019年3月よりサカキメディカルデザインのアドバイザーとなる。
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