病院経営ウェブマガジン“Healthcare Compass (ヘルスケア・コンパス)”

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Healthcare Compass (ヘルスケアコンパス)

NTTデータに勤めていた僕が医療機関に転職したわけ

 

「今休んで、いいと思っているの?」

 

当時のプロジェクトリーダーの言葉が、私のUターンのきっかけです。

NTTデータで勤めて4年目のある夏の日、祖母が他界したとの連絡がありました。
4月から関わっていた石油最大手の会社へのシステム提案が佳境になっていたころでした。数百億円程度で金額的にはあまり大きくないものの、他社領域を獲りに行く、戦略的な意味合いもある案件で、社内での注目度も高い案件でした。

また、私にとっても重大なプロジェクトでした。銀行のシステム営業担当から、当時の部署に異動になり、初めて本格的に関わる提案だったのです。「自分が出来ることを示さなければならない」「周りの人にチームの一員として認められたい」という気持ちで、毎日奮闘していました。メモ用のA4のノートを週1冊使いつぶすほどの情報量にもまれつつ、大量の事務処理を行い、終電まで、時にはタクシーで帰るような生活をしていました。

不慣れな仕事にまみれながら、周囲の皆さんに鍛えてもらう日々をこなしていき、少しずつ新しい職場でも自分のポジションを築け出した、そんな頃の突然の訃報でした。
上司である課長に一報を入れ、急いで実家のある岡山に帰りました。悲しみに暮れながらも慌ただしく葬儀の準備や参列者の対応に追われ、あっという間に、火葬の段になりました。

火葬場の待合室に置かれたテレビで映し出される甲子園をぼんやりと眺めつつ、ゆっくりと祖母を想っていた時、プロジェクトリーダーから電話がありました。
その際に言われた言葉が、「今休んで、いいと思っているの?」でした。

 

今思い返すと、本来であれば課長だけでなく、プロジェクトリーダーにも事情を説明しておくべきだったと思います。また、リーダーも提案が佳境な折で、精神的にも厳しくなり、感情的になっていたのかもしれません。ただ、その時の私にはあまりにも残酷な言葉で、「もうどうでもいいや」と思えるほどの衝撃がある言葉した。

祖母とは高校卒業まで三世代同居していていましたので、本当の身内がなくなったのと同義でした。そのタイミングであっても仕事を最優先に考えることは、私はできませんでした。

その言葉の返事として、「いますぐに東京に戻って仕事をします」というセリフを言うことは到底無理だと思ったときに、「退職しよう。大切な家族のいる岡山に一度帰ろう。」とUターンでの転職を決意しました。

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はじめまして。倉敷中央病院 医事診療サービス部 医事企画課の犬飼と申します。
(本記事は私の所属する組織の意見ではなく、私個人の意見であることをお伝えさせていただきます。)

私は、早稲田大学理工学部を卒業後、新卒でNTTデータ(東証一部上場企業)に入社。
全国規模の金融機関へのシステム営業、及び石油業界各社への商品企画に従事していました。しかし上記の出来事をきっかけにUターンをして、地元岡山にUターンをして、医療機関で働くことにしました。

今回は私が医療機関へ転職した経緯を正直に話します。
「大手企業に勤めていた人間が、どのように考えて、医療機関を転職先として考えたか」をお伝えします。

診療報酬制度をはじめとして益々医療機関の経営状況が厳しくなっています。また同時に「優秀な医療経営ができる人材」の採用と育成の必要性が声高に叫ばれております。
人事採用担当者や、人材コンサルなどの「採る側」の意見ではなく、転職した「採られる側」の実体を知っていただくことで優秀な人材が集まる組織づくりの一助となればと思います。

 

1. 地方経済と雇用の事情

「退職しよう。大切な家族のいる岡山に一度帰ろう。」とUターンでの転職を決意したのち、地元の企業について調べる必要がありました。

就活時期によく耳にする「地場の優良企業」をどれほど知っているでしょうか。
恐らく殆ど分からないと思います。私も新卒の就職活動を東京中心に行っていて、岡山の企業について全くと言っていいほど知らない状況でした。それどころか、私の周りの大人たちが何をしているのかさえ、よくわかっていなかったのです。

 

統計データを見てみましょう。
「平成28年度経済センサス」によると、大企業(従業員300名以上と仮定)は全国に18,063社あります。そのうち、30.5%の所在地は東京です。上位5都府県(東京・大阪・愛知・神奈川・福岡)で55.3%を占めます。一方、岡山は僅か1.2%であり、大企業の都市部への偏在は顕著です。また、同じように「就労先が大企業である就労者の割合」も東京の72.3%を筆頭に上述の都市群は高い一方で、それ以外の都道府県では20%~30%中盤となっています。

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要するに地方の多くは中小企業ならびにその従業員によって経済を回しているのです。
そのような経済環境にある地方では、「病院」や「介護施設」は、提供するサービスだけでなく、雇用主としても重要な機関でもあります。「平成27年度国勢調査 就業状態基本集計」では正規雇用者数が少ない県になればなるほど、医療、福祉に従事する就労者割合が高くなっています。最も低いのが東京で10.1%(正規雇用者数:全国1位)、逆に最も高いのが高知県で22.9%(正規雇用者数:全国46位)です。東京では10人中1人が医療や福祉に従事しますが、高知県では4人中1人が医療や福祉に従事しています。

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この雇用ニーズが伸びているのも医療、福祉です。以下の厚労省資料(労働市場分析レポート第62号(平成28年3月1日))は全国データですが、地方に行くほど高齢者が多いことを考えると、地方の医療、福祉関連の求人は当該統計よりもずっと伸びていることが考えられます。

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2. 自分のフィールドを探す

地方における経済環境、雇用情勢を踏まえると、私が就活時に抱いていた「大きい企業であれば安泰」「会社の規模が大きい方がよい」というような「大企業信仰」は通用しないことに気付かされました。

そこで私は「本当に何がしたいのだろうか」「何が向いているのだろうか」と自分と向き合うことにしました。そう、自己分析です。社会人を経験した段階で再度、自分の適応、可能性を改めて自分自身に問いかけ、「自分とは何か」を再確認をしました。

自己分析の結果と地方の情勢を重ね合わせ、私は医療機関で働くことを選択しました。NTTデータで感じたことや経験を活かす場所として医療機関が最適であると判断しました。

理由は「社会貢献性のある仕事」「今までの経験を活用できそうな仕事」という、私が仕事をする為に重要な2つの軸をNTTデータで学んだからです。

①社会貢献性のある仕事

NTTデータは民間のIT(SI)企業でしたが、官公庁をはじめとする公的な仕事を多く受け持つ会社でした。多くはミッションクリティカル案件と言われており、「もし失敗した場合、多大な社会的影響を与えてしまう」プロジェクトが多くありました。
例えば、銀行のメインシステムが止まってしまうと、ATMで現金の引き出しができないだけではありません。法人のお客様であれば、支払い不履行によって金融的および社会的信用を失い、倒産してしまう可能性もあります。また、銀行間のやりとりも出来なくなり、日本経済の停滞に繋がる可能性も十分にあります。
このような環境下で働いている社員の多くは「自分たちの仕事で社会に迷惑を掛けられない」というような社会的責任を果たすことに価値を見出していました。私の直接の上司も、「お客様のために、そしてその先の社会のために仕事をする」という姿勢を貫いており、「社会貢献性」という価値観の大切さを示してくれました。

②経験を活用できそうな仕事

同時に、NTTデータで得た知識やノウハウを活かすことが、もっとも自分の価値を発揮できるだろうとも考えました。NTTは元々国営企業であり、労働組合が強かったり年功序列な給与体系など、古い企業文化を残していますが、一方で意欲のある若手には積極的に成長の機会をくれる環境でもあったので入社2年目には新規提案チームにアサインされました。そのチームでは実際に提案書を書くだけでなく、顧客要望から提案をまとめる工程、体制構築の仕方、プロジェクトの回し方等、一連の流れを経験させてもらえました。首都圏の大企業でなければ体験しにくい量と質ともに求められる業務内容、提案手法やプロジェクト管理のスキル。これら地元に活かせばもっとよくできる、いい仕事ができるという自信がありました。

この「社会貢献性のある仕事」「今までの経験を活用できそうな仕事」という私が求めることを地方で達成するには、医療機関がベストと判断しました。医療機関であればその提供するサービスだけでなく、「存在そのもの」も社会貢献です。また、当院が経営企画部を立ち上げようとしていて、そのメンバーとしてのオファーでしたので、NTTデータで得たプロジェクト管理の経験も生かせるチャンスがあると考えたのです。

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3. 実際に働いてみて

入職してから間もなくは、部署立上げの時期だったため、新しく入った私以外のメンバーも試行錯誤の段階でした。当初は医事の先輩や上司の仕事をトレースしたり、コピーなどの雑務をしていましたが、その隙間に戦略提案や経営資料作成など、とにかく自分が出来ることをアピールし続けました。そうやっていると、徐々にバイネームで仕事のオーダーやメンバーアサインが増え、国際認証(Joint Commition International)取得などの病院全体を対象としたプロジェクトにも関わることが出来ました。

特に国際認証取得は病院で働く基礎を築いてくれた大切なプロジェクトです。この仕事をさせてもらえたおかげで「病院がどういう仕組みで動いているか」「医師や看護師がどんな思いで日々働いているのか」を知るのと同時に、「自分はこの病院で役に立つことができる」と実感することもできました。

これら経験から、私が望んでいた仕事が当院にあったのだと感じることが出来ました。転職時に大切にしていた2つの軸「社会貢献性のある仕事」「今までの経験を活用できそうな仕事」に当てはめて、振り返ってみます。

① 社会貢献性のある仕事

「どうすればこの社会、この地域住民に貢献できるか」を真剣に考え、かつそれに向かって仕事をすることが出来ます。一般企業においてもCSRが謳われていますが、その間に自社の事業を挟むことで、一社員にはその存在が理解しにくくなることがあります。一方、医療機関は純粋に社会貢献に直結するサービスを提供しているので、より自分の顧客として社会や地域を感じることができます。
病院と言えど、慈善事業ではありませんし、経営していくためには当然利益が必要になります。ですので、「全く利益を考えない、追求しない」というわけではありません。しかしながら、新生児医療や救急医療など、「極めて赤字に陥りやすい医療」であっても社会的に、あるいは地域において必要と判断すれば、迷うことなく実施します。不採算な診療科であっても、「患者さんのために」必要であれば、継続させ続けます。

②経験を活用した仕事

医療機関は「一つの企業」と考えることができます。提供するサービスが「医療」というだけで、他の事務的な仕事、例えば営業や経理、施設や労務管理などは一般企業と同等に発生します。これらの仕事は医療機関ではあまり優先して改善されてこなかった領域でもあるので、一般企業で経験したことを活用すれば、一定以上の効果があり、自身の価値を高めることができます。

上述した国際認証取得については、まさにNTTデータで覚えた仕事のやり方を活用しました。認証では何が求められるかの把握と理解は「提案依頼書(RFP)を通した顧客要望の理解」です。院内手順の見直しは「リソース把握と提案作成」です。全体のプロジェクト管理は正に今まで得たノウハウと経験で対応しました。
このような特異的なプロジェクト以外でも、企業でのビジネス経験は活用できます。

病院の経営状態把握にはファイナンス面の知識が活きますし、クリティカルパスは業務フロー作成の経験が活きてきます。営業畑を経験している方であれば、顧客対応に慣れていると思いますので、医師や看護師などとのコミュニケーションやリレーション構築も柔軟に対応できると思います。

 

4. UターンやIターンの転職先として医療機関のデメリット

前職の同僚や学生時代の友人からもUターンやIターンの転職に関する相談を受けることがあります。この「大企業から医療機関へ転職」することをお勧めできるかどうか、実は悩ましいなと考えています。もちろん、やりたい仕事の方向性の中に「医療機関でのキャリア」があるように思ってくれるのはうれしいのですが、彼らが医療機関に描いている想像や理想と現実の間に大きなギャップがあるように感じ、戸惑ってしまいます。

私は医療機関の持つ社会貢献性の高い組織に入り、その機能の一端を担う仕事を出来ていることに満足しています。しかし、理想と現実のギャップを痛烈に感じることも少なくなりません。入職後半年ぐらいは仕事の楽しみや組織の価値観に触れるたび、自分の決断が正しかったのだと喜んだりする一方で、そのギャップに苦しみ、後悔したりもしました。

そこで、「大企業⇒医療機関」の転職ケースで私が感じたデメリット(わるかったこと)も挙げておきます。

① 医療ライセンスの壁

チーム医療が謳われて久しいですが、医療機関は医療者、特に医師を中心として構築され、動いています。事務職は仮に部長クラスであってもサポートに徹さなければならないシーンが多いと思います。またどんなにロジックが正しくても、医師らの感覚にそぐわない内容であればそもそも話を聞いてさえくれないこともあります。

② 組織目標の達成に対する意欲の違い

医療機関は上述の通り、スペシャリストの集団です。各個人が仕事(治療・ケア)への「こだわり」を持っています。また、医療職はライセンスとスキルさえあれば食べていける職なので、転職や退職がしやすく、組織への従属意識が低いこともあります。逆に、組織課題を解決するには、個人のこだわりへの配慮や、積極的な関与を呼びかけつつ、涵養に進めなければなりません。

このため、「どんどん変えていくぞ!よくしていくぞ!」と思っている人ほど、スピード感や熱量が空回りし、周囲と軋轢を生んでしまう可能性が高く、結果として不適合扱いされる可能性があります。ちなみに私がまさにそうでした。
わたしは、企業で優先されがちな、コストパフォーマンスやタイムマネジメントをベースに仕事をしていました。「企業戦士」という言葉はもう死語かもしれませんが、組織優先の思想が徹底されてしていました。そのため、軋轢を気にせずに突っ走ってしまったがために、いろんな人から恨まれましたし、多くの批判も頂戴しました。当時の上司と副院長(現院長)が支持し、守ってくれたから、今も働けています。もし、この2人がいなかったから…考えると少し怖くなります。

③ 給与や待遇の差

大企業は給与待遇面で恵まれています。働き方改革で休日が増えていますし、給与のベースアップもあり、住宅補助などの各種手当も手厚いです。
医療機関は診療報酬制度による固定価格制のため、収入は限定的です。その診療報酬も国の政策で抑制方向にあり、より厳しい経営環境に向かっています。これに加えて、収益源となる医師やケアを支える看護師らを中心に必要な人材の市場価値はますます高くなっていることを考えると、事務に割ける費用を抑えなければならないという苦しい懐事情があります。

私の実例を言いますと、NTTデータの3年目で頂戴した年収と、社会人10年目の現在の年収はほぼ同じです。それでも、中途採用ということで前職の給与を考慮して設定してくれており、他の職員より高いテーブルになっています。また、休日は約40日少なくなっています。

 

5.最後に

病院経営とはなんでしょうか。それを担う事務とはどういう存在でしょうか。
「病院経営」は実に多岐にわたります。収益は当然のことながら、広報、地域連携などのマーケティングなども対象でしょう。あるいはクリニカルパスなどの内部改善も含まれるかもしれません。つまり、病院やその人の経験によって意味合いが異なる、所謂バズワードが「病院経営」だと思っています。

私個人としては全て包括的に対応することこそが病院経営であり、課題に応じて適宜対応できる「遊撃的医療事務」が病院経営職に求められることだと考えています。

ここで一つ、ある上司から貰った金言があります。

「大きいプロジェクトには小さい仕事が待っている。小さいプロジェクトには大きな仕事が待っている」

これは規模が大きくなればなるほど、一人が担当する業務の規模は小さくなるし、逆に規模が小さければ、一人当たりの業務の規模は大きくなるということです。

料理に例えると、4人分の夕食を作るのであれば私一人で「買い出し」、「下ごしらえ」、「調理」、「盛り付け」、「配膳」、「片付け」までできます。しかし、数千人分の夕食を作るとなったらどうでしょうか。とても私一人ではままなりません。多くの協力者が必要になります。

病院経営はどうでしょうか。私は病院規模に寄らず、そして経営施策一つ一つの大小によらず、「組織を動かす」というのは、大きいプロジェクトだと思っています。それは、創設者の想いなど病院が培ってきた文化、医師をはじめとする職員たちの生活、そして何より地域にはたしている役割を変化させていくことになるからです。そして、このプロジェクトを達成するには多くの小さな仕事が待っています。

病院経営職、私の言う所の「遊撃的医療事務」は病院内に散らばる経営課題を発見し、「小さい仕事」をいろんな領域で果たしていくことが役割と考えています。「収益アップ」という方針ひとつをとっても、外来なのか、病棟なのか、あるいは救急や検査なのか、対応する領域は多岐にわたりますが、それのいずれにおいても仕事を果たしていくことに存在価値を見出しています。

器用貧乏かもしれません、なんでも屋かもしれません。
でも、そういうユーティリティープレーヤーがいないと、病院経営という大きなプロジェクトは達成できないと信じています。


--著者--

犬飼貴壮

2009年早稲田大学理工学部卒業後、NTTデータにて政府系金融機関への営業、石油業界への商品企画に従事。2013年にUターン転職し、倉敷中央病院に入職。経営企画部にてJoint Commition International取得プロジェクトに参画。プロジェクト管理並びにケアの標準化に向けた取り組みの立上げ、運用を行う。現在、医事診療サービス部にて病床稼働率向上に向けた業務フロー改善など内部運用改善に取り組んでいる。

 

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