病院経営ウェブマガジン“Healthcare Compass (ヘルスケア・コンパス)”

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Healthcare Compass (ヘルスケアコンパス)

医療安全向上のために医療機器デザインを思考する

医療安全とデザイン

医療安全を向上させる方法として、医療機器などモノの使いやすさにも着目する必要があります。

人間が処理できる情報量や同時に管理できるタスクには限界がある事が知られています。また1つのタスクに集中すると、他の情報の変化を観察することへの注意が損なわれます。

このようなヒューマンファクターと、絶えず変化する医療現場の複雑さを考慮すると、医療現場のモノは使いやすく、医療者の負担が軽減されるようデザインされなければなりません。

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いいデザインとは何か?

いいデザインとは、人間とモノとの円滑なコミュニケーションと言えます。

医療機器であればこの医療機器は今どのような状態なのか、設定を変えた場合は患者にどのような影響を与えるのかを示し、ヘルプ画面を表示することで意思決定を支援してくれます。UI(User Interface)デザインには法則があります。

Nielsenの法則では

  1. 一貫性の保持と標準化に努める。
  2. システムがどのような状態にあるかの視認性を高める。
  3. 実環境に合ったシステムを構築する。
  4. ユーザーに主導権と自由を与える。
  5. エラーの発生を事前に防止する。
  6. 記憶しなくても見ればわかるようなデザインを行う。
  7. 柔軟性と効率性を持たせる。
  8. 最小限で美しいデザインを施す。
  9. ユーザーによるエラーの認識、診断、回復を可能にする。
  10. ヘルプとマニュアルを用意する。

となっています。

医療機器においてもデザインの法則は意識されるべきだと考えます。しかし、医療機器のデザインの悪さからこれまで医療事故が発生してきました。

 

デザインが人を傷付ける

デザインが悪いために患者に悪影響を及ぼした事例を紹介します。

セラック25は、放射線を悪性腫瘍に照射することで治療をおこなう放射線治療機器です。放射線治療は治療部位と照射線量を設定する事で正常細胞をあまり傷つけずにターゲットとなる悪性腫瘍を死滅させることができます。

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(引用:セラック25 https://www.viva64.com/en/b/0438/

セラック25のUIデザインには問題があり、1985年〜1987年の間に6回、患者に過度の放射線が照射される事故が起こっています。この事故はシステムの状態をユーザーである医療者が正しく認識できるUIではなかった事と、治療機器からのエラーメッセージがエラーコードのみで、どのようなエラーでその解決方法が何であるかは医療者自身が調べるしかありませんでした。しかし、治療機器から頻繁によく分からないエラーメッセージが表示されるためそれを無視することが常態化していたそうです。その結果、放射線の過剰照射が起きてしまいました。

不注意によるエラーと捉える見方もできますが、UIデザインが人間に大きな影響を与えたのは間違いないでしょう。これは非常に古い事例ではありますが、いまもなお、多くの医療機器はシステムの状態や患者に与える影響が直感的に分かるようなデザインにはなっていません

医療職という「専門家なのだからミスなく使えて当然」と言った風土がこれを許していると言われています。

 

「確認を怠った」にもデザインの悪さが隠れている

日本医療機能評価機構に報告された医療事故の発生要因には「確認を怠った、判断を誤った」などが多くの割合を示しています。

これは「医療事故の原因の多くはヒューマンエラー」と言われる通説と一致します。しかし、実際にインシデントレポートを読んでいると、ヒューマンエラーが原因とされているが医療機器などのモノに原因があると言える報告があります。

医療事故は結果として人間が起こしますが、その背景には環境とヒューマンファクターの間のミスマッチがあります。そしてこれは、報告者が医療事故の分析の際に人間にしか着目できないため、分析者は環境側に発生要因があっても気付けないと考えます。

分析に重要なことは人間とモノにどのような齟齬があったのかを特定することです。その齟齬を改善するのがデザインだといえます。

 

医療者を支援するデザイン

人間は頭の中の記憶と環境中のモノが発する情報を組み合わせて行動していると言われています。一度モノの構造や振る舞いを理解すると、人間が何か行動するための知識をモノが示す情報から導くことができます。

例えば、人工呼吸器は機種が違うとデザインが異なるため、それぞれ機種に合わせた知識が必要になります。

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しかし、車であれば普段乗っていないレンタカーでも運転が可能だと思います。これは車の振る舞いを理解している事と車のデザインに一貫性があるからです。Nielsenの法則でも「一貫性の保持と標準化」は第1にあげています。

医療機器も一貫性のあるデザインであれば医療者の負担軽減、そして医療事故の低減に繋がると思います。

 

患者の命を守るための価値共創

医療安全のために医療機器のデザインはより考慮されるべきです。

しかしデザイナーやメーカーが起こりうるエラーを全て予期する事は難しいでしょう。医療者は臨床で気付いた課題を適切に伝える必要があります。

医療者、デザイナー、メーカーがパートナーとなり価値共創を実現しなければなりません。価値共創によりつくられた医療機器が増えることで、守ることのできる命があると考えます。

 

引用文献

  • 岡耕平(2014).心理学からみた医療安全.安本和正(編).医療安全と医療訴訟.15-45.株式会社イムジック出版.
  • Crown, Nelson.(2001).The magical number4in short-term memory: A reconsideration of mental storage capacity. Behavioraln and brain sciences,24,1,87-185.
  • 三浦利章.(2007). 運転時の視覚的注意と安全性. 映像情報メディア学会誌,61,12,1689-1692.
  • Jeff,Johnson.(2015).UIデザインの心理学-わかりやすさ・使いやすさの法則,(翻訳者,武舎広幸/武舎るみ).インプレス,原書刊行年2014年.
  • Janathan,Shariat. Cynthia,Savard,Saucier.(2017).悲劇的なデザイン あなたのデザインが誰かを傷つけたかもしれないと考えたことはありますか?,(翻訳者,高橋拓哉).BNN, 原書刊行年2017年.
  • 原田悦子.(2007).認知心理学から考える医療安全とデザイン.三浦利章,原田悦子(編).事故と安全の心理学リスクとヒューマンエラー.167-187.東京大学出版会.

 

--筆者--
小山 和彦
2007年より近畿大学奈良病院にて臨床工学技士として勤務。2016年より医療安全管理部兼務となる。2018年に滋慶医療科学大学院大学にて医療安全管理学修士を取得する。現在も研究生として在籍。2019年3月よりサカキメディカルデザインのアドバイザーとなる。

 

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