病院経営ウェブマガジン“Healthcare Compass (ヘルスケア・コンパス)”

Healthcare Compass (ヘルスケア・コンパス)。病院経営ウェブマガジン。病院経営の中でも急性期病院の経営・運営に携わる人のためのメディアです。

Healthcare Compass (ヘルスケアコンパス)

ダメ看護師の私が急性期病棟で出会った、奇跡のプリセプター

ダメ看シリーズ第二弾(私が勝手に名付けているだけであるし、第二回で終わりである)。
本日はダメ看である私の病棟時代のプリセプターさんについてお伝えしていこう。

ちなみに第一弾、「奇跡の師長」編はこちらから読めるので、ぜひ読まれたし。

 

奇跡のプリセプターとの出会い

訪問看護、訪問診療を担っていた地域ケア科から病棟への異動が決まり、私にも初めてのプリセプターというものが付いてくれることになった。

一体誰だろう?
綺麗な人だといいな。
優しい人だといいな。

不安ながらもドキドキを胸にしていた私に、どこからともなく一報が届く。

「君のプリセプター、あの新人研修で講義してた人らしいよ。」
「どの人?」
「あの人だよ、元気で黒い人。」
「ああ!」

新人看護師ならばどなたも参加したであろう、新人研修。
数十人の先輩看護師たちが代わるがわるセミナー室を訪れ、講義をしていく。

“新人研修で講義してた人”
この時点で私の脳内候補は数十人。

“元気で黒い人”
ピコーンと、一人に旗が立った。

そう、彼は元気で黒い。
私が勤めていた病院では1000人以上の看護師が働いていたが、おそらく殆どの看護師が彼のことを「元気で黒い人」と紹介し、そして聞いた方もまたその単語で速やかに彼を特定するはずである。
とはいえ、“元気で黒い人”だけでは読者の方はてんで何のことか分からないであろうから、私の体験談を通してプリセプターさんについてお伝えしていきたい。

f:id:massy535:20190526223828j:plain

 

プリセプター真骨頂その1 礼を尽くし尽くす

彼は、あらゆる方面に礼を尽くす。
“あらゆる”というのは比喩ではない。
看護師のユニフォームをまとうや否や、目の前にたつ全ての人に対して礼を尽くす。


まず当然ながら患者さん、そしてご家族。
どんなに忙しく、緊急事態であろうと患者さんへの笑顔と敬語は絶やさない。
ナースコールが鳴るとすぐさま駆け出し、患者さんのもとへと到着(師長からは「走るな、ばか!」と愛のある指導を受けていたが、救命救急看護師としての彼の「さが」が歩くことを許さないようだ)。対応できることにはその場で対応し、喫緊の課題がある時にも「どうしました?なるほど、分かりました。では〇〇分したらまた戻ってきますので、それまでお待ちいただいても宜しいでしょうか?」と、90歳の耳が遠い患者さんにも届くようにゆっくりと言葉を投げかけていく。


次に、看護師の先輩。
武道を習っているプリセプターさんは体育会系まっしぐらである。
プリセプターさん自身も10年目の看護師であり、それに救急、DMATとしても活躍していたので実力は折り紙付きであるが、それでも自分より年齢が上の看護師の言うことは常に尊重していた。
以前、私が年長の先輩の言うことに納得いかずに、「うーむ」という表情をしていた時、すかさずそれに気づいたプリセプターさんは私に声をかけた。

「いいかい、先輩同士で言うことが違うっていうことがあるよね?でもね、先輩たちはそれぞれ皆さんの長年の経験から学んだことを君に教えてくれているんだよ。だから、先輩たちの言うことは全て尊重しないといけないよ」

もちろん、看護師の皆さんならご理解頂けると思うが、先輩の言うことが理不尽なことなど山ほどあるだろう。しかし、私のプリセプターさんは、「正しいかどうか」という狭量な判断に捕らわれずに、先輩を尊重し、その結果として私が働きやすくなる環境を作るコツを教えてくれていたのだと思う。


そして、看護師の後輩。
後輩に対してもプリセプターさんは常に笑顔である。
何かお願いをするときにも、「もしよければ、〇〇にお力をお貸し頂けませんか?」とどこまでも腰が低い。

ある日のラウンド中、彼は私にこう言った。
「患者さんと同僚の看護師さんたち、どちらか片方を選ばないといけない時ってあるよね。そんな時、どうすればいいと思う?正解はね、“どちらも選べ”だ。僕たち看護師は、チームがいて初めて仕事ができる。だから、患者さんと同じくらい仲間の看護師は大切なんだ。」


最後に、看護学生さん。
病院において、看護学生さんは病棟内ヒエラルキー最下層に置かれがちである。
指導者と学校の先生に板挟みになり、やっとのことで声に出せた挨拶は無視、悲劇なるかな。
病棟で猛烈に忙しく働く看護師にとっては、“邪魔者”かのように感じられてしまうことがあるらしい。
そんな時こそ発揮されるプリセプターさんの礼節ダマシイ。

彼曰く、
「患者さんのことを一番知ってるのって誰だと思う?」
「えっと、受け持ちの看護師ですか?」

「違う、学生さんなんだよ。学生さんがいてくれるから、患者さんは日々の生活にハリを感じられる。それに僕たちが忙しくて毎日できていない清潔ケアも、学生さんが毎日やってくれている。彼らも僕たちのチームの一員なんだよ。」

そんな彼は、学生さんにも常に敬語を絶やさなかった。

 

プリセプター真骨頂その2 鬼の指導、そしてツボを押さえてくる

プリセプターさんの指導は鬼であった。
私の病院ではペアナーシング制度を採用していたため、看護師が2人でペアになって病室をラウンドする。通常は2人で14人程度を受け持つところを、彼が私に求めたのは「僕は後ろで着いていくから、君が全部やって」というハードワーク、単純計算で仕事量は2倍である。

恐ろしい。

しかし、決して投げやりで適当な指導をしているわけではない。
私が質問すれば、緊急時でない限りは必ずその場で懇切丁寧に教えてくれる。
午前のラウンド時にアルブミンの役割について訪ねた時のことを思い出すが、プリセプターさんは病棟の廊下でカートを止め、まっさらなA4用紙に絵を描きながら教えてくれた。

f:id:massy535:20190526223843j:plain

他にも、看護関連図について教わった時など、マズローやゴードン、ヘンダーソンなど看護理論を持ち出しながら、その日経験した実臨床を紐解いていってくださった。ダメ看とはいえど、学歴上は私も東大まで行っているので、優れた教育者たちに恵まれてきたという自信はあるのだが、このプリセプターさんの教育力、まったく引けをとっていない。よもや農村の牧歌的病院にてこれほどの傑物と出会うことになろうとは全く思いもしなかったのである。

プリセプターさんの指導スタイルは“まず一人でやらせてみる”である。
はじめてオペ前の患者送り出しにいった時など、「とりあえず君の好きなように申し送ってみて」と突如ぶん投げられ、私は一気に顔面蒼白に。
しかし、そういう時も必ずプリセプターさんは斜め後ろについていてくださり、私の言葉足らずなところには補足をしてくださっていた。
「君の好きなようにやってみて」というのは彼の口癖であったのだが、ある日彼は次のように付け加えて言った。

「君の好きなようにやってみて。どんな結果になろうと、必ず僕がカバーするから」

かっこいい。

 

プリセプター真骨頂その3 万全のアフターケア

いつ何時も欠かされなかった私へのアフターケア。

私が病棟に異動してきて間もない頃、彼は私にこう言った。
「先輩方に質問をするときには、常に先輩のご都合を伺うこと。」

その後に、こう続く。
「ただし、僕に限ってはどこでも、どんな時でも、君の好きなタイミングで話しかけていいからね。」

f:id:massy535:20190526223856j:plain

私がうまく行動できた時には必ず褒めてくれていたし(ダメ看である私には、うまく行動できたという記憶はほぼないが)、失敗した時も必ず言葉をかけてくれていた。

病棟にきて1か月頃、その日の私は日勤のフリースタッフをしていた。
病棟で最も経験が長い先輩看護師から採血をお願いされ(オブラートに包まず言おう、お局である)、その直後に入院を受ける予定だった私は超特急で採血セットを準備して患者さんのもとへ向かった。
入院さんの来棟時間まであと5分、急げわたし、一発で決めれば十分間に合う。
颯爽と到着し、ほど良い血管を見つけてブスリと一発。
1mmほど採血管が満たされたところで、手首に嫌な気配を感じた。

スピッツが、引けない。

どうやら針先が血管からやや外れてしまっているらしい。
通常なら少し針先を動かして、それでもだめなら刺し直しをするべきシチュエーションだが、その時の私は「やばい、入院がくる、刺し直しは間に合わない」と頭の中がいっぱいになっていた。

私が選んだ選択肢は、力ずくでシリンジを引っ張るということ。
全く血が引けていないわけではなかったので、力を入れればゆっくりだがシリンジ内は満たされていく。
シリンジ内の血液はなんとか検査に必要な規定量を超え、私は安堵した。

難なく入院も取り終えて、「おっしゃ、今日も乗り切ったぞ」と心の穏やかさを取り戻し、病棟のミキシング室でプリセプターさんと話していた私に一報が。

お局看護師である。
「あのさ、さっきの採血だけど検査室から電話があって、血球壊れてて使えないって。あんたよね、やったの?」

わたしの頭の中は真っ白になった。
今日は失敗なしで何とか乗り切れたと思ったのに、どうして、どうしていつも失敗しちゃうんだよ。身体がこわばり、口の中が一気に乾燥していく。怖いのだ、怒られるのが。

そんな私の肩に、がっしりと置かれた何か。
プリセプターさんの手のひらであった。
黒く、そしてゆったりとしている。

「大丈夫。いまは、集中」

そしてお局看護師の方を向くと、「いやごめんなさい、この子ぼくに似てほんとにせっかちなんですよ。今から一緒にいってビシバシ指導してくるので、もう一回採血する機会を頂いても宜しいですか?」とプリセプターさん(仕事を引き受ける時は、“練習する機会を与えて頂く”と言うのがプリセプターさんスタイルであった)。

そうやって、いつだってかばってくれた。


私がどうしようもない失敗をした時は、他の先輩たちに見えるところでかなり強く指導してくださるのだが、これは決していじめなどではない。
むしろ、あえてプリセプターさんが私に厳しくすることで、「いや、もうちょっと優しくしてあげてよ」という空気を病棟に創り出してくれていたわけである。おかげで、私が失敗しても病棟の先輩たちはいつも私に優しくしてくださっていた。


一度、大きな失敗をしてしまったことがある。
看護師としての守秘義務があるので詳細は書かないが、「〇〇をやっちゃった子」として他病棟の看護師にも語り継がれるほど大きなミスであった(患者さんに対するミスではない)。

もう辞めたい、辞めたい、辞めたい。
と罪悪感とともに歩いた自宅への帰路。
ブルルルル、と私のスマートフォンが鳴った。
プリセプターさんからである。

「なんか今日大変だったらしいねー」
「ていうかさ、ぼくすっごくお腹空いちゃったんだけど、これからラーメン食べに行かない?」
「じゃあ今から車で迎えに行くからよろしくー」

プリセプターさんはその日は非番であったため、私のミスを知るはずがないのだが、どうやら気になった師長さんがプリセプターさんに連絡をしてくれていたらしい。

そして私たちは、とんこつラーメンを食べて帰った。
その間、プリセプターさんは私のミスについては一言も口にすることはなかった。

f:id:massy535:20190526223919j:plain
 

プリセプター真骨頂その4 お金にはケチ

プリセプターさん、お金には超シビアである。
仕事が終わると、「ちょっと一服付き合ってよ」と病院の庭でジュースを飲んだものだが、「お金ないから割り勘だぞ」とは彼の口癖。

そんなプリセプターさんが初めて私に食事を奢ってくれた日がある。
それが、私の退職日であった。

病院の近くの食べ放題の焼肉屋さん。
食べ放題プランは上、特上、超特上と3種類あったが、注文を取りに来たウェイトレスさんに向かって「超特上を二つ」とプリセプターさん。

食後には、「はいこれ、餞別」と、もさっとした塊を手渡してくれた。
それは、プリセプターさんがいつも来ていた有名なアウトドアブランドのジャケットである(ゴアテックス仕様なので、ウン万円はするはずだが)。
DMATである彼が、文字通り屋外の過酷な環境下でも活動できるようにと出動時に着ているものではなかったか。

大切なものを。
指導してもらえたのはたった6か月、そして辞めていくだけの私に。


私には夢がある。
ヘルスプロモーターとして国境なき医師団に参加することだ。
その時は、必ずやこのジャケットを持っていく。


彼は、いつも走っていた。
DMATの性だろうか。
そして、私にも言う。

「走れ!」
「とまるな!」
「走れ!」、と。

f:id:massy535:20190526223935j:plain

彼こそが、私にとってのプロフェッショナルである。
きっと今日も、どこかで彼は走っているだろう。
くたびれても、笑顔は絶やさない。

走る、走る、走る。
だからわたしも、走るのだ。

 

---筆者---
廣瀬 直紀
1990年生まれ。2016年に東京大学を卒業し、長野県佐久総合病院にて看護して勤務。その後、東京大学公共健康医学専攻に進学(Master of Public Health)。『未開拓な医療資源である看護の潜在可用性を引き出し、公衆衛生の課題を解決する』ことを目指して、医療データベース研究を学んでいる。2019年3月現在、WHO西太平洋事務所にてインターン中。

 

Healthcare Compassでは皆様からの投稿をお待ちしております。

こんなことを伝えたい、書いてみたい、という方は healthcare_ops@yahoo.co.jp にまずはお知らせ下さい。もう書いてみた、という方はそのままお送りください。編集部で頂いた内容を検討し、ご連絡します。

 

“Healthcare Compass”では過去に公開した記事をまとめて、メールで配信しています。